人生が終わったと思っても諦めずに見つけた、自分にしかできない仕事

自分のやりたいことや夢があるって当たり前ではないのかもしれない。

そう思ったのはほんと最近のこと。

私はやりたいことが多いけど全部はできなくて落ち込む、ということを繰り返してきたので、“やりたいことがなくて辛い”という気持ちがわからなかった。

取材でも熱量のある方ばかりにインタビューをしていたので、余計わからなくなっていた。

だけど、最近は仕事やプライベートでもたくさんの人に関わることが増えて、やりたいことがないということに悩んでいる人がたくさんいるということに気づいた。

そんな人たちに私が自分のやりたいことや熱意を語ると、「やりたいことがあっていいね」と皮肉っぽく言う人もいれば、「今はやりたいことがないけど、自分にしかできないことをやりたいとは思っている」と自分と向き合いながら悩んでいる人もいた。

やりたいことがある人が偉いわけでも凄いわけでもない。

やりたいことがなくたって悩みながらも自分と向き合い、自分の生きる道を必死に開拓していく姿はとても輝いていると思うのだ。

“何もない自分”からのスタート

「何もできない自分にふてくされていたんです」。

工房風色(こうぼう ふうしょく)の山田和幸(やまだ かずゆき)さんも自分のやりたいことが見つからなくて悩んでいた人のひとり。

山田さんは、古民家をリノベーションした工房で藍染を中心に草木染めを行っている染め職人だ。

職人歴30年以上の確かな腕で、自然特有の優しい色合いを残しながらも羊毛や毛糸、布などを好みの色に染めてくれる。

山田さんがどんな職人なのか手が物語る。

染められた羊毛たちは、ハッキリとした明るい色でもどこか優しさや儚さを残している。それは、柔らかい雰囲気を纏いながらもしっかりと芯のある山田さんに人間性を表しているのではないのかと思う。

山田さんは太平町で生まれ、学生時代は帯広市内で過ごした。

高校を卒業後は江別の短大へ進学、知り合いに誘われて横浜の喫茶店で就職した。

「この頃は気持ち的に完全に引きこもっていました。やりたいことも特にない、でも自分のスキルを磨く努力もしない。だけど、自分には何かできる!と思い込んでいたんです。でも何もしないから結果も当然出ない。ただ周りの人間がバカだと思っていました」。

何もしていないけど、時間だけがただ過ぎていく。

そんなおり、姉から帯広で喫茶店をやらないかと持ちかけられて帯広に帰ることを決める。

「もともと、やりたいことがあって横浜に来たわけではなかったので帰ることに未練はありませんでした」。

しかし、住み慣れた土地で新しいことを始めても、山田さんの気持ちやスタンスが変わることはなかった。

「喫茶店を始めても、スタンスが変わらないから当然上手く行きませんでした。お店は2年程で閉めました。それから、実家でフリーター生活を送って、漠然と俺の人生は終わったんだなと思っていました」

そんな時ふとテレビで放映されていた“地元で育てる藍栽培”の特集。

もともと植物が好きだった山田さんはテレビに釘付けになった。

「植物からこんな青い染料ができるんだ!と関心したのを覚えています。早速帯広で藍を栽培していた方に連絡しました。そしたら運よくそこで働かせていただけることになったんです」。

このほんの少しの好奇心から山田さんの職人としての人生が進んでいく。

自分の“好き”に正直に

藍染職人になりたいではなく、植物が好きだから藍染に興味がある。

そんな気持ちで始まった山田さんの職人の道。

スタートから大変なことばかりだったという。

「藍栽培に興味があってこの業界に飛び込みましたが、仕事の中心は藍染でした。だけど、研修などはなく仕事しながら自ら技術を取得していくというスタイル。覚えることがたくさんあって大変でしたが、どんどん藍染の魅力にハマっていきました」。

藍染が楽しくなってきた頃、オーナーが拠点を札幌に移したので、工房の管理を山田さんが任されることになった。

まだ自分の技術に自信がなかった山田さんは不安だったが、お客さんからの注文をとりあえずこなしていく、という毎日を過ごした。

追い討ちをかけるように、困難の嵐は容赦なく山田さんを巻き込む。

オーナーからの給料の支払いがない状態が続いたのだ。

食べていくためには、ここにはいられない。でも働くしかない。

そう思い、独立を決意。藍染工房で出会った奥さんと一緒に音更町に新たな工房を構えた。固定のお客さんはいなく、ゼロからのスタートだった。

「お客さんがいなくても大丈夫、自分ならできる!と思い1歩踏み出して独立を決意しました。植物が好き、染め作業が好きという気持ちが大きかったので他の場所で就職するという選択肢はなかったです」。

初めの工房は長流枝にある廃校になった教員住宅を住宅兼工房にしていた。

築年数もだいぶ経っていたので、お世辞にも快適とは言えなかったが、外にあるお風呂場を染めのために使い、自分たちのできることをひとつずつこなしていった。

そうすると、山田さんの丁寧な仕事の口コミがどんどん広がって、少しずつお客さんも増えてきた。

独立当時の作品たち

“何もできなくてふてくされていた”あの頃の山田さんはもうどこにもいなかった。

自然と一緒に色を作る

山田さんの朝は4時からスタートする。

朝起きて1番最初にすることは天気のチェック。

染めの作業は天気によって工程も変わってくるので、とても重要なことなのだ。

朝食を済ますと次は犬の散歩。

散歩といってもただの散歩ではない。

自然観察を兼ねてゆっくりと1時間ほど歩く。

「この空の青色はどうやって出せるんだろう?とかを考えながらいつも歩いています。自然から染めのインスピレーションをもらうことが多いですね」。

“十勝晴れ”という言葉もあるぐらい、十勝の空は青くてとても綺麗。

私もたまに外を歩いていると、あまりの空の綺麗さに思わず立ち止まってしまうことがあるぐらいだ。

「十勝の空の色が自分の基準になっています。あの澄んだ青色を表現したいなと思いながら染めますが、やっぱり自然には全然敵いません」。

新しい工房は河川敷の近くにある自然に囲まれた古民家。

古民家をリノベーションした工房

「染めには綺麗な水が絶対に必要なので、水がふんだんに使えるこの場所はとても理想的。また、木に囲まれているのも藍を栽培するのにピッタリでした」。

寒冷地では上手に育たないと言われている藍。

しかし、十勝の藍を作るというのも山田さんの理想のひとつだった。

「北海道の伊達市の藍農家から分けてもらった種を独立当初から絶やさずに、

少しずつノウハウを学びながら栽培をしています」。

藍の花と葉っぱ

やりたいこともできることもなくて、漠然と人生が終わったと思っていた20代。

それでも自分と向き合うことをやめずにいたら、出会った藍染め。

大変なこともたくさんあったけど、山田さんを動かしてきたのは“藍染が好き”

という気持ちだった。

「これからは、仕事をできる時間が限られてきたので、今以上に一つひとつに仕事を大切にしていきたいです」。

藍色に染まった爪、素早く動く慣れた手つき。

これからもきっと、山田さんだけの色を作り続けながら、職人の道をまっすぐに歩み続けて行くのだろうなと思い、なんだか私までワクワクした気持ちになった。

工房風色

住所:音更町字下士幌北1線東25-2

☎︎:0155–30–9760

HP:https://fuusyoku.com/

※羊毛の藍染め体験(予約制)も行っております。詳しくはお電話にてお問い合わせください。

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